各プロジェクト

セントーマス・スイート シンガポール

敷地面積:13,031.87m2 / 建築面積:6,512.26m2 / 延床面積:32,552.64m2
用途:集合住宅
ロケーション:シンガポール共和国

シンガポールで最も人気のある高級住宅街リバーバレーに立地し、かつアジアでもっとも有名な商業街のオーチャードに隣接する超高層の高級コンドミニアムである。シンガポールの大手設計事務所5社と弊社が招待された指名コンペを経て設計・現場監理施業務を完遂、昨年8月に竣工に至る。

シンガポールの大手ディヴェロッパーの一角を担うフレザー・センターポイント社(Frasers Ceterpoint Limited)のCEOであるリン・イー・セン(Mr. Lim Ee Seng)氏からお声がかかったのは2005年のことである。「オーチャードにハイエンドユーザー向けの高層のコンドミニアム、是非、アイコニックなデザインにして欲しい。」との氏からの要望である。設計コンペであったため限られた時間で要求にこたえなければならない。しかも集合住宅の場合、日本とは異なった制約や条件、要望が多いため、日本人の設計者には知っておかなければならない事が多く、プランを解くだけでも容易なことではない。

シンガポール、マレーシア、ヴェトナムなど比較的低緯度地域では、浴室、トイレ周りは自然換気が要求される。機械式は、ホテルを除き基本的に認められない。必ずと言っていい程、外気に接する必要性がある。また浴室やトイレ、シャワー室は日本のように一か所ではなく、最近よく日本でも見られうようになった外国人向けの高級コンドミニアムのように、複数個が要求される。そこでこの換気をエアーウエル(Air Well)で対応する場合、開口部の広さはその高さによって規定される。しかもこの手法は低層のみに認められ、高層の場合は適用外である。

さらに居室であるが、これも日本のように採光上の緩和措置はないので、必ず外部に接し自然換気のための開口部を窓に設けなくてはならない。最悪の場合はスタディールームやファミリルームと言う呼称で逃げる場合もあるが、ベッドルームという呼称は使えないため、売主にとってははなはだ好ましくない。

必然的に長い周長の平面形でない限りこの要求には応えることは不可能である。日本のような矩形の箱型のユニットではプランを解くことはできない。香港の、高層コンドミニアムが星形のプランをしているのはまさにこのためなのである。日本では高級の集合住宅の場合、多くの場合タイル張りである。外壁のコストを低くするために、周長の長いものは嫌われる。シンガポールではタイル張りは落下の危険性があると言うことで、使用できないため、外壁はプラスターにテクスチャー・ペイントフィニシュやスキムコートであったりする。このため周長が長くてもそのコストを問われることはあまりない。結果、屋根伏せから分かるようにジグザグの平面系の集合住宅が多いのである。

また、低緯度地域では日影規制は無いものの、西向きのユニットは原則的にタブーである。好まれるのは南北軸のユニットの配置である。現地ではアフタヌーン・サンと呼ばれる西日は思いのほか室内環境に厳しい。

ハイエンドのコンドミニアムに限って、キッチンはドライとウエットの二種類を設けることが要求される。

ドライキッチンは、多少ショウアップの要素もあるオプンコンセプトのキッチンスペースをいい、ウェットキッチンは油物を扱う閉ざされたキッチンスペースである。メードが珍しくないアジアでは、このスペースでメードが食事を作ることが多い。。また、メードルームを設けることもよくあることである。個人邸であれば3室から5室程度、一室、畳2畳ぐらいの大きさである。高級コンドミニアム場合は、最低一室、畳1.5畳程度の大きさが普通に要求されるシンガポールのみならずインドを含めアジアではこうした要求は珍しくないのである。

シンガポールの法規に限って言えば、バルコニーはその形状ならびに解放に対する壁の取り方で容積の緩和がある。ベイウインドー(出窓)の場合はこのコンペの時点から2009年まで100パーセント容積から除外される。そのためこの時期のシンガポールの集合住宅には出窓のデザインのものが多い。また、窓周りのプランタースペースについても容積の緩和があり、この時期の大型の集合住宅プロジェクトでは、有効率が100パーセントを超えるものもある。マレーシアのディべロパーはこの事実を知らないため100パーセントを超えるエフィシェンシーに首をかしげるのも無理はないのである。

最後にこれもシンガポールに限ってであるが、集合住宅にハウス・バンブー・シェルター(House Bomb Shelter)を設けなければならない。これは平たく言えば、居住スペースの中にある防空壕である。まさにシンガポールが真剣に第三国との有事を意識しているあらわれなのである。ディベロッパーはこのシェルターをワインセラーなどに転用したりの工夫をして販売にこぎつけたりしている。しかしプロパティーが高騰するなかでシェルターが占有するその面積はディベロッパーのみならず消費者からの不満も多いため、階段コア部分にその役割を兼務できる緩和処置をとったりしているのが今日である。

こうした様々な条件と制約は日本人の建築家にとってあまり馴染みがない。数年前、あるシンガポールのディべロパーが日本人の有名建築家が提案した集合住宅のプラン見て、驚きをもって「使えない。」と言い放ったことは、今も目と耳に焼きついている。当然、彼らは日本の法規や売れ筋のプランを知らない。ただそのようなものが許可も取れないし、商品にならいことは知っている。また日本人の作家にとっては彼らが求めているプランは知りえないし、何ら誤った提案だとは想像しえないのである。

こうした基本的な事項をクリアーしながら、提案すべき内容は、超高層のコンドミニアムの都市に対する新しいアイデンティティーの確立である。このことが施主から求められているアイコニックなデザインへとつながると考える。そこで複雑に入り組む平面形をガラスのスキンで覆い、複雑な形態をシンプルな形状と印象により他のデザインとは隔絶した存在感を街に供する。特異な形状のプロファイルとツインタワーがおりなす“外部空間の構築”、その緊張感とスカイラインは建物を際立たせるだけではない。有機的な流線形の曲面をまとうことで、建物のヴォリュームがもたらすインパクトを軽減し、隣接する環境にも配慮することができる。また内部空間においても、ダイナミックな眺望と開放感をリビングスペースへ提供する高いクオリティーの室内環境とともに、オリジナリティーのある空間作りにも役立つのである。

幸運なことに2011年11月にはフランスの建築賞のシンガポール高層集合住宅部門でグランプリーを頂戴し、さらに翌年の2012年同建築賞のインタナショナル部門でも高層集合住宅の中で最高のグランプリーをペトロスブルグで頂戴するに至っている。